浜松城

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概要・歴史・観光・見所
浜松城概要: 浜松城は元亀元年(1570)、徳川家康が曳馬城を拡張する形で築城したのが始まりとされます。当時、武田信玄が南進し遠江を窺っていた事もあり家康は岡崎城(愛知県岡崎市)を長男の信康に譲り、居城を浜松城としました。家康は駿府城に移るまで17年間浜松城を居城とし姉川や三方ヶ原、長篠、小牧・長久手など戦い抜き大大名としての地位を確立します。家康が駿府城に移ると、徳川家譜代家臣が城代を歴任し天正18年(1590)に家康が関東に移封になると豊臣家家臣の堀尾吉晴が12万石で入封します。慶長5年(1600)の関が原の戦いで堀尾吉晴は月山富田城(島根県安来市)に移封となると金山城(岐阜県可児市)から松平忠頼が5万石で入封し浜松藩を立藩します。慶長14年(1609)に松平家が改易になると水戸藩(茨城県水戸市)から水野重央が2万5千石で入封、元和5年(1619)に紀伊新宮藩に移封になると岩槻藩(埼玉県さいたま市岩槻区)から高力忠房が3万5千石で入封、寛永15年(1638)に島原藩(長崎県島原市)に移封になると岩村藩(岐阜県恵那市岩村町)から松平乗寿が3万6千石で入封、寛永21年(1644)に館林藩(群馬県館林市)に移封になると西尾藩(愛知県西尾市)から太田資宗が3万5千石で入封、延宝6年(1678)に2代太田資次が大坂城代として移封になると、青山宗俊が5万石で入封。元禄15年(1702)に3代青山忠重が亀山藩(京都府亀山市)に移封になると笠間藩(茨城県笠間市)から松平資俊が7万石で入封、享保14年(1729)に2代松平資訓が吉田藩(愛知県豊橋市)に移封になると松平信祝が7万石で入封、寛延2年(1749)に2代松平信復が吉田藩に移封になると松平資訓が入封、宝暦8年(1758)に宮津藩(京都府宮津市)に移封になると井上正経が6万石で入封、文化14年(1817)に3代井上正甫が棚倉藩(福島県棚倉町)に移封になると唐津藩(佐賀県唐津市)から水野忠邦が6万石で入封、弘化2年(1845)に2代水野忠精が山形藩(山形県山形市)に移封になると館林藩(群馬県館林市)から井上正春が6万石で入封します。明治に入ると駿府藩に統合され浜松藩は廃藩となり浜松城も廃城となります。浜松城の城跡は昭和25年(1950)に「浜松城公園」として整備され昭和34年(1959)に浜松市指定史跡に指定されています。
浜松城
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