袋井市: 富士浅間宮

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概要・歴史・観光・見所
富士浅間宮(袋井市)概要: 富士浅間宮は静岡県袋井市国本に鎮座している神社です。富士浅間宮の創建は平安時代初期の大同年間(806〜810年)、坂上田村麻呂が東夷東征の折、富士浅間宮の御加護で賊を平定したことから、神意に感謝し浅間大神(木花開耶姫命)の分霊を当地に勧請し山名神社と名付けたのが始まりとされます。詳細は不詳ですが延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に遠江国山名郡鎮座の式内社(小社)郡辺神社の論社とされ、事実とすれば古くから格式の高い神社だった事が窺えます。又、境内の近くには官衙跡(古代の地方役所)と推定され、「佐野厨家」や「日根駅家」と関係が深いと思われる「坂尻遺跡」がある事からも地方行政からも重要視された神社だった可能性があります。

その後は歴代領主から崇敬庇護され本間源三郎重兼や久野丹波守宗能、北條出羽守氏良などが社殿を造営した軒札や古文書などが散見され、江戸時代に入ると幕府から庇護され慶安2年(1649)には朱印地として16石9斗が安堵されています。古くから神仏習合し境内には梵鐘堂(寛永4年:1627年、北條出羽守氏良により造営)や祭壇などがありましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され、明治12年(1879)に郷社、明治40年(1907)に神饌幣帛料供進社に指定されています。

富士浅間宮楼門は桁行4間、梁間3間、茅葺の建物でしたが享保元年(1717)の強風により大破し、明和4年(1767)に菅谷村出身の久野右衛門の寄進により再建、しかし、安政元年(1854)の安政東海地震で再度大破しました。現在の富士浅間宮本堂は元亀3年(1572)の武田勢の兵火により焼失後、天正18年(1590)に当時の領主本間源三郎重兼によって再建されたもので、三間社流造、桧皮葺、桁行4.1m、梁間4.1m、外壁はクス材白木造り、桃山時代に建てられた神社本殿建築の遺構として大変貴重な事から軒札4枚(天正18年・寛永15年・安永4年・寛永4年)と共に昭和25年(1950)に国指定重要文化財に指定されています。拝殿は享保元年(1716)に再建されたもので、木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺、平入、桁行5間、梁間2間、正面1間向拝付。神門(神社山門)は切妻、銅板葺、一間一戸。祭神:木花開耶姫命。

富士浅間宮:写真

富士浅間宮
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