油山寺(袋井市)概要: 医王山油山寺の創建は大宝元年(701)、行基菩薩が万民の安寧を祈願して自ら薬師如来を彫刻し安置したのが始まりと伝えられています。
天平勝宝元年(749)、孝謙天皇が眼病を患い、眼病平癒を油山寺に祈願し「るりの滝」で眼を洗ったところ、たちまち病気が平癒しました。寺号は「るりの滝」から油が流れでた事から「油の滝」と呼ばれていた事に起因しているとされます。以来、天皇の勅願寺、眼病平癒に御利益があるとして寺運が隆盛します。
歴代朝廷や領主や為政者が庇護し建久元年(1180)には源頼朝が遠江守護である工藤佐衛門尉裕経に命じて本堂と三重塔を造営し、天文年間(1532〜1555年)には今川義元が厨子宮殿を造営しています。元亀3年(1572)の兵火により多くの堂宇、記録、寺宝など焼失しましたがその後、再建され江戸時代には徳川家康をはじめ歴代将軍、横須賀藩西尾氏、掛川藩太田氏などから庇護されました。
油山寺山門は万治2年(1659)に掛川城の大手二之門として建てられたもので、入母屋、本瓦葺、塗屋造、白漆喰仕上げ、桁行9.3m、梁間4.6m、明治6年(1873)に最後の掛川城主太田備中守が眼病平癒の御礼として寄進され、数少ない掛川城の遺構として大変貴重な事から国指定重要文化財に指定されています。
三重塔は慶長16年(1611)に久野城主久野丹波守宗成の援助により再建されたもので桁行3間、梁間3間、宝形屋根、銅板葺、高さ18.25m(相輪含高:23.88m)、静岡県内の層塔建築の中で最古で大変貴重な事から国指定重要文化財に指定されています。
油山寺本堂は元文3年(1738)に8代将軍徳川吉宗が寄進したもので、宝形造り、銅板葺、桁行5間、梁間5間、正面1間向拝付、静岡県指定文化財に指定されています。
医王山油山寺は法多山尊永寺、可睡斎と共に遠州三山に数えられています。遠江四十九薬師38番。遠州八大不動番外札所。宗派:古義真言宗智山派。本尊:薬師如来(伝:行基作)。
油山寺の文化財
・ 本堂内厨子−室町時代−国指定重要文化財
・ 三重塔−慶長16年−国指定重要文化財
・ 山門(旧掛川城大手二之門)−万治2年−国指定重要文化財
・ 書院(旧横須賀城)−元禄12年−静岡県指定文化財
・ 方丈(旧浅羽代官所)−宝暦14年−静岡県指定文化財
・ 本堂−元文3年−静岡県指定文化財
・ 御霊杉−静岡県指定天然記念物
|