湖西市新居町: 諏訪神社

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概要・歴史・観光・見所
諏訪神社(湖西市新居町)概要: 諏訪神社は静岡県湖西市新居町新居に鎮座しています。諏訪神社の創建は景行天皇19年(89)に勧請されたのが始まりと伝えられています。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載された式内社猪鼻湖神社とされ当初は浜辺に鎮座し猿田彦大神が祭られていました(室町時代初期に編纂された「文和風土記」に「景行天皇十九年 所レ祭猿田彦神也」と記載されているそうです)。その後、永正年間(1504〜1520年)の高波で境内が被害を受けた為に大元屋敷に遷座し、天正10年(1582)に信州からこの地に土着した井口嘉末(武田家の軍師山本勘助の家臣、後に飯田嘉末と改姓)が諏訪大社(長野県諏訪湖周辺:上社本宮・上社前宮・下社秋宮・下社春宮)の分霊を勧請合祀した事で次第に諏訪神社と称するようになりました。江戸時代に入ると徳川家康から社領15石が安堵され、元禄15年(1702)に新居関所が吉田藩(愛知県豊橋市今橋町・藩庁:吉田城)の管理になると以後、歴代吉田藩主から崇敬されます。宝永5年(1708)に現在地に遷座した際は作事奉行土肥孫兵衛が石燈籠を奉納し、歴代の新居関所奉行や関守からも崇敬庇護され神輿渡御の際は面番所を解放したそうです。諏訪神社は古くから神仏習合していましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が一掃され、明治6年(1873)に村社、明治16年(1883)に郷社、明治40年(1907)に神饌幤帛供進神社に指定されています。

又、由緒とは別に名神大社の格式を持った角避彦神社の論社とされ明治4年(1871)には国幣中社に列しましたが、論社は複数あり特定出来なかったことから角避彦神社は「鎮座地不明」となり国幣中社も取り下げられました。毎年7月の諏訪神社例祭で奉納される「新居諏訪神社祭礼奉納煙火」は貞享年間(1684〜1688年)以前から行われた神事で現在でも受け継がれている貴重な行事として湖西市指定無形民俗文化財に指定されています。諏訪神社拝殿は入母屋、桟瓦葺き、平入、桁行6間、正面1間向拝付き。本殿は一間社流造。祭神:建御名方命、八坂刀売命。

諏訪神社:写真

諏訪神社
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