了仙寺(下田市)概要: 法順山了仙寺は静岡県下田市三丁目に境内を構えている日蓮宗の寺院です。法順山了仙寺は寛文12年(1635)、今村伝四郎正長(第2代下田奉行、徳川家直参の旗本、武ケ浜波除建設や御番所の整備、廻船問屋の創設に尽力)が大檀那となり行学院日朝(身延山久遠寺第11世)を召還して創建されました。日朝は大坂の陣(慶長19〜20年:1614〜1615年、大坂城が落城し豊臣秀頼が自刃した事で徳川政権が確立)で眼病を患った徳川家康の祈願を行い、見事念願成就し眼病が平癒した事から寺院建立が認められ、当寺を開山しました。その後は幕府から庇護され3代将軍徳川家光から13石の朱印状を賜わり、寺紋も徳川家と同じ三つ葉葵が許されています。
現在の了仙寺本堂は文政9年(1826)に再建されたもので木造平屋建、寄棟、桟瓦葺、桁行5間、梁間6間、正面1間向拝付、嘉永7年(1854)にはペリー提督一行の応接所兼幕府との交渉場所となり、了仙寺で幕府側の林大学頭とペリーとの間で日米下田条約(日米和親条約の補足追認)が締結、その後もアメリカ人の休息所として利用されました。
了仙寺は日本外交史にとって大変重要な土地である事から昭和26年(1951)に国指定史跡に指定されています。境内にある歴代今村家の五輪塔(3基:第2代下田奉行今村伝四郎正長・第4代伝三郎正成・第5代彦兵衛正信・伝四郎正長の妻)、横穴古墳(古墳時代:洞窟内から人骨、勾玉、水晶製切子玉、金銅製腕輪、耳飾、土師器、須恵器などが出土)が下田市指定史跡にそれぞれ指定されています。山号:法順山。宗派:日蓮宗。本尊:十界曼陀羅。
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