牧之原市: 石雲院

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概要・歴史・観光・見所
石雲院(牧之原市)概要: 龍門山石雲院は静岡県牧之原市坂口に境内を構えている曹洞宗の寺院です。石雲院の創建は治承3年(1179)に開かれたのが始まりと伝えられています。当初は真言宗の寺院でしたが康正元年(1455)、当時の勝間田城の城主勝間田氏が崇芝性岱禅師を招いて曹洞宗に改宗し中興開山しています。以来、勝間田氏が庇護するものの文明8年(1476)に駿河国の今川義忠が侵攻、今川方の狩野氏や堀越氏等を討取るも、前線空しく勝間田城は落城、勝間田氏も没落し一族は当地を離れています。その後、領主となった今川氏によって庇護されますが永禄3年(1560)の桶狭間の戦いで織田信長に敗れると武田家、徳川家の侵攻を招き、元亀3年(1572)には武田信玄による遠江侵攻により石雲院もその兵火で多くの堂宇、寺宝、記録などが焼失しています。その武田家も天正3年(1575)の長篠の戦で織田・徳川連合に敗北すると振るわなくなり天正10年(1582)に滅亡、以後、徳川家の庇護となり、江戸時代に入ると幕府から寺領153石の朱印地を安堵されています。崇芝性岱禅師は7人の優れた弟子を石雲七哲と称し、全国広く布教した為寺運が隆盛し現在も末寺30ヶ寺、孫寺600余ケ寺を擁しています。山号:龍門山。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦牟尼。

石雲院総門は慶長12年(1607)に建てられたもので、切妻、鉄板葺き、一間一戸、高麗門、間口4.23m、高さ3.3m、月舟宗胡の筆である「大圓覚」の扁額が掲げられています。石雲院山門は天保14年(1843)の火災で焼失後、名主である板倉六郎左衛門の尽力により嘉永年間(1848〜1853年)に建てられたもので入母屋、桟瓦葺、三間三戸、八脚楼門、日光東照宮(栃木県日光市)の陽明門を模したとも伝えられています。石雲院本堂両袖で掘り込まれた「龍門の滝」は天保14年(1843)に本堂(木造平屋建て、寄棟、桟瓦葺、平入、正面1間軒唐破風向拝付)が再建された前後に製作されたもので信州上諏訪の立川一門の立川庵雪曲が手懸けたとされます。

石雲院の文化財
・ 山門-嘉永年間-入母屋,桟瓦葺,三間三戸,八脚楼門-牧之原市指定文化財
・ 総門-慶長12年-切妻,鉄板葺き,一間一戸,高麗門-牧之原市指定文化財
・ 龍門の竜の彫刻-天保14年-立川庵雪曲作-牧之原市指定文化財
・ 参道の丁石-元禄7年(1694)-高さ60p,変形蒲鉾型-牧之原市指定史跡
・ 参道の丁石-明治時代-「虚空藏菩薩」の陰刻-牧之原市指定史跡
・ 高尾山のトキワガキ-牧之原市指定天然記念物

石雲院:写真

石雲院
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