藤枝市・歴史・観光・見所

  静岡県:歴史・観光・見所>藤枝市
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概要・歴史・観光・見所
藤枝市概要: 藤枝市は古くから当地方の中心地として発展しました。大和政権が確立すると藤枝市周辺は志太郡と益頭郡に属し、当時の軍事、政治、行政の中心である両郡の郡衙が置かれました。志太郡衙では建物や門、塀、道路などの遺構や墨書土器や木簡、硯などの遺物が発見され国指定史跡に指定されています。中世に入ると藤原氏の末裔とされる朝比奈氏や藤原南家工藤氏の末裔とされる岡部氏などが支配し、室町時代は今川氏に属します。桶狭間の戦いで今川義元が討ち死にすると今川家が急速に衰退し、藤枝市周辺は今川氏、武田氏、徳川氏によって支配権が目まぐるしく変わります。永禄13年(1570)、武田信玄が駿河に侵攻すると田中城が落城し武田家が支配しますが、長篠の戦で武田勝頼が織田、徳川連合軍に大敗すると、徳川氏が駿河に侵攻し天正10年(1582)には徳川家が支配します。慶長6年(1601)、酒井忠利が入封し田中藩を立藩、慶長14年(1609)忠利が武蔵川越藩に移封になると廃藩となり駿府藩に組み込まれ、寛永10年(1633)に松平忠重が佐貫藩から3万石で入封後、寛永12年(1635)に掛川藩に移封、水野忠善が山川藩から4万5千石で入封後、寛永19年(1642)に吉田藩に移封、松平忠晴が2万5千石で入封後、寛永21年(1644)に掛川藩に移封、北条氏重が関宿藩から2万5千石で入封後、正保5年(1648)に掛川藩に移封、西尾忠昭が土浦藩(茨城県土浦市)から2万5千石で入封、延宝7年(1679)に2代西尾忠成が小諸藩(長野県小諸市)に移封、酒井忠能が4万石で入封後、天和元年(1681)に改易、天和2年(1682)に土屋政直が土浦藩(茨城県土浦市)から4万5千石で入封後、貞享元年(1684)に大坂城代として移封、太田資直が5万石で入封後、宝永2年(1705)に2代太田資晴が棚倉藩(福島県棚倉町)に移封、内藤弌信が5万石で入封後、正徳2年(1712)に大坂城代として移封、土岐頼殷が3万5千石で入封後、享保15年(1730)に2代土岐頼稔が大坂城代として移封、本多正矩が沼田藩(群馬県沼田市)から4万石で入封すると藩主が固定され本多家が7代続き明治維新を迎えています。
藤枝市
藤枝市:町並み 藤枝市:町並み 藤枝市:町並み 藤枝市:町並み 藤枝市:町並み
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藤枝市:観光・見所
慶全寺
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大井神社
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大慶寺
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長楽寺
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天満宮
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田中城の松
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蓮生寺
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