伊東祐親の墓

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概要・歴史・観光・見所
伊東祐親の墓概要: 案内板によると「 頼朝挙兵に際し、平氏側に味方した伊東祐親は、捕われの身となり、寿永元年(1182年)2月10日、相模三浦郡に在った女婿、三浦義澄みの邸内で自害したとされています。その祐親の墓所と伝えられているがこの塚です。五輪塔の水輪にみられる納骨孔は稀少な例証であり、また地輪に残された種字の薬研彫りは鎌倉初期の手法を伝えるものです。 伊東市教育委員会 」祐親は頼朝が伊豆に配流になった時の庇護者で監視役でしたが、京都に赴任中に3女の八重姫と頼朝が恋仲となり千鶴丸を産みました。それを知った祐親は家臣に命じて千鶴丸を松川に沈めましたが負い目を感じ、頼朝が挙兵後、周辺の武士達が源氏方に組した中、最後まで平家側に付き忠義を貫きました。石橋山の戦いで敗れた後は捉えられ、恩赦により許さされたのですが潔く自害しています。菩提寺は自らの法名東林院殿寂心入道から寺号を改めた東林寺で、この五輪塔も境内を見下ろす高台に位置しています。伊東祐親の墓は昭和54年(1979)に伊東市指定史跡に指定されています。

伊東祐親の墓:写真

伊東祐親の墓
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