静岡県:歴史・人物

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旭姫(瑞龍寺)
豊臣秀吉の異父妹とされ、政略結婚をさせられ最後は家康の正室となっています。
松平定吉(遠江塚)
徳川家康の甥にあたる人物で将来を期待されましたが不祥事を恥て自刃しました。
今川義忠(正林寺)
駿河国守護職で応仁の乱では東軍に与したものの、横地氏の残党に討たれています。
源頼家(指月殿)
源頼朝と北条政子との長男で、幕府内の勢力争いに敗れると修善寺に幽閉後に撲殺。
築山御前(西来院)
今川義元の養女で徳川家康の正室。謀反の疑いをかけられ家康から暗殺されています。
今川家(臨済寺)
三河国幡豆郡今川荘を本貫した名族から版図を広げ駿河、遠江の守護大名となりました。
本多家(蓮生寺)
田中藩の藩主で、特に本多正珍は奏者番、寺社奉行、老中などの要職を歴任しています。
畠山国清(国清寺)
南北朝時代の北朝方有力武将で関東管領や伊豆国、武蔵国守護職などを担っています。
源応尼(華陽院)
徳川家康の祖母とされる人物で、家康が今川家に人質になった期間世話をしました。
今川範氏(慶寿寺)
今川範国の嫡男で観応の擾乱では足利尊氏方に与し直義方の駿河を奪還しています。
井伊直勝(可睡斎)
井伊直政と唐梅院の長男で井伊家宗家を継いだものの排斥され分家扱いとなっています。
西郷局昌子(宝台院)
徳川家康の側室で2代将軍徳川秀忠の生母、家康と共に駿府城に入り38歳で死去。
田沼意知(平田寺)
奏者番や若年寄などの要職を歴任しましたが政敵である佐野政言に切り殺されています。
今川範国(福王寺)
足利尊氏に従い京都合戦、駿河手越河原合戦なで大功を挙げ、遠江、駿河守護職に就任。
太田資直(大慶寺)
太田資次の次男で掛川藩や田中藩の藩主、奏者番、若年寄、綱吉の近習などを歴任。


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