島田市(歴史)概要: 島田市にある大井川は駿河国と遠江国の国境となっていた為、古くから軍事的に重要視され戦国時代には今川、武田、徳川などの諸大名による攻防戦が繰り広げられました。元亀3年(1572)には駿河に侵攻した武田信玄が遠江侵攻の為5つの砦を築いたとされ、その中の諏訪原城は武田勝頼と徳川家康により争奪戦が行われ、何度も支配権が変わっています。
江戸時代に入り、東海道が開削されると軍事的に重要視され、大井川に橋を掛ける事が禁じられと島田宿は川止の宿として川庄屋を中心に川越賃銭や記録、川越人足の配置などが組織的に行われるようになり、3軒の本陣や問屋場なども設けられ大きく発展しました。一時田中藩領にもなりましたが、江戸時代の大部分は天領として代官陣屋が設けられました。市街地には殆ど当時の様子は窺えませんが、大井川河畔には「大井川川越遺跡」として当時の町並みが復元され国指定史跡に指定されています。
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